インファーネスひみつきち

考え事を赤裸々に公開します。指摘、批判、感想すべて受け付けます。読みづらい?そのうちそのうち直します。

ルッキズムよさらば。

書生「先生、私は絶望しています。この肉体に生まれたばかりに、私は人並みの喜びも得られそうにありません」

先生「君は以前、その人並みの喜びというものをひどく馬鹿にしていたじゃないか。そして君は僕に言ったよ。俗物の喜びなど真なる叡智と比べるにも値しないつまらないものだ。とね」

書生「先生、私は自分の言ったことに誤りがあるとは思いません。しかし新たな考えを得ました。俗物の喜びも知れぬ私に真なる叡智に近づくことができるのかと。それゆえ私は俗物の喜び、つまり人並みの喜びを得ようと試みるのです。」

先生「なるほどね、して、君の言う絶望とはなんだろうか。そして人並みの喜びとは。真の叡智については以前語り合ったね」

書生「はい、アレは意義深い議論でした。私の言う絶望とはずばりこの肉体であります。そして人並みの喜びとは、特に異性との特別な人間関係により得られるもののこと、つまり恋の喜びのことを言いました。」

先生「ふむ、とすると君は君自身の肉体の醜悪さを絶望しているということになるのだろうか」

書生「まさしくそのとおりであります。以前私は同じ講義を受ける女性に、恋心を打ち明けました。しかし彼女は私の心は認めましたが、私の肉体は認めませんでした」

先生「しかし君、もしすべての恋が報われるのであればこの世界の文学や芸術の大半が消え去るぜ。叶わぬ恋もあるから、芽生えた恋が輝くのだろう?」

書生「もちろんそのとおりであります。そして先生は私が失恋の愚痴を言いに来たと思われているのであればそれは誤りです。私が嘆いているのは失恋ではなく、失恋の原因である私の肉体であります」

先生「なるほど、言わんとすることはわかった。だがそれにしても、君の失恋は一体どれほどあるのだろうか?統計を口に出すつもりはないが、たくさんいる女性たちの中には君の肉体を認めてくれる者もいるのではないか?」

書生「思い出したのです、私のかつての失恋はすべてこの醜悪さによるものだと。確かに私の肉体を認めてくれる者もいるでしょうが、その者は一体どこにいるのでしょう。私の人生において出会える女性の数などたかが知れています。かような現状において決して多くない夢の女性の存在を期待するのは不合理です。先生は統計を口にすべきでした。どんな人間にとっても恋は確率なのです。そしてこの醜悪さは恋を大きく不利にします」

先生「なるほど。君の言う絶望、理解したつもりだ。よろしい、実は僕も以前似たようなことを考えていたことがあるんだ」

書生「やはりそうでしたか!私がここまで赤裸々に事を語れているのは他でもない先生に対する親近感からなのです」

先生「ふむ、何も言うまい」

書生「いえ、言ってください。先生の考えをお聞きするために私はここにいるのです」

先生「コホン、今回の問題は極めて社会的な問題であります。恋は確率と言う君ならよく分かることでしょう。それ故この問題を解決するためには一人の力では足りません。社会全体として社会の改革が必要なのです」

書生「なるほど、わかりました先生のお考え。ズバリ醜悪の考え方を変更しようというのでしょう。そのため新たな概念を受け入れられるような社会の改革とおっしゃられたのだ」

先生「おおむね違います。まあ聞きなさい。」

先生「肉体の醜悪さによる不都合は何も恋愛に始まったことではありません。人前に立つもの、それは政治家や音楽家のような者たちが素晴らしい思想や才能を持っているにも関わらず、醜悪さを理由に表舞台から姿を消した例を私は知っていますし、私自身本来得られたであろう仕事を容姿を理由に得られなかった経験があります」

先生「かような現状はすべて人の精神を包み込んでいる肉体の印象によるものです。精神は人を包み込む環境や本人の経験により変化し、どんなに心の汚れた者も浄化の可能性があります。しかし先天的な肉体はそうは行きません」

先生「問題の大本は本来注目されるべき精神が、肉体という分厚い革をまとって見えなくなっていることであります。そして、その偽りの革に注目してしまい、精神を軽視してしまう人間の性質にあります。男たちが美しい女性につい視線を向けてしまうのはこのためであります」

書生「ぐうの音も出ませぬ。ではどうすれば肉体の印象に惑わされれうことなく精神を見つめることができるのでしょうか」

先生「思うに、それは不可能であります。確かに人間は精神こそ重視されるべき存在。しかし肉体なくして人間はありえません。もしそれを可能とするならば我々は肉体を捨て去る必要があります。しかしこれは困難であります。そのため現実的な解決の方法として、肉体の印象をゼロとは言わないが、小さくしようという試みが考えられます」

書生「その試みとは・・・」

先生「ウム、ずばり人類総盲主義である」

書生「じんるい・・・そうめくらしゅぎ・・・!!!」

先生「さよう。人は世界の認識の大半を視覚に頼っています。そして我々の肉体というのも視覚により捉えられます。ならばこの資格を遮断することで肉体の印象を大きく減らそうという考えであります。」

書生「しかし、、、視覚をなくすというのは我々の日常生活に大きな不利益をもたらします。ましてやすべての人類から視覚をなくすなどとなると・・・」

先生「言っただろう。これは社会全体の改革なのだと。人類総盲主義はなにも肉体の印象をなくすことだけが目的ではないのだ」

先生「我々の身の回りを見てご覧。君の言う俗物たちを。視覚的にきらびやかなもので溢れているだろう。あれらは皆人間の欲を掻き立てる。視覚による印象に困っているのは何も我々のような醜悪な人間だけではない。身の回りの様々な商品も同様なのだよ。このような悪しき印象の習慣を断ち切ることで人々はもっと本質を重視するようになる。また、人々は、自分自身を言葉で語る必要が出てくるが、そのために人々はよく考え、より良い言葉を選び使うべく、勉学に勤しむようになるのだ」

先生「加えて、視覚を失った不自由さは傲慢な人間の経済活動を抑制する効果もあり、ある一定水準以上は経済発展が見込めなくなるが、代わりに人々は本質理解のための学問に勤しむようになるのだ。君の言う真の叡智へも近づくものと思われる」

書生「すばらしい!私にナイショでこんなお考えを練られていたとは!」

書生「しかし私にはわかりません。一体どうすれば全人類が目を潰すでしょうか」

先生「ウム、思うに実践あるのみだろう。そこで君に頼みがあるのだ」





 

書生は同じく醜悪な仲間たちとともに社会へ人類総盲主義を訴えて目を潰した。



それから数年。書生の行方は知れず、社会は相変わらずきらびやかな装飾で彩られ、”先生”は美しい女性を横目に街を歩くのであった。